シャネラー

日本には世界中の大衆が決してそこまでは手を伸ばさない異常な言葉がいっぱいあります。
そのひとつが"シャネラー"です。
いったい誰がこんな言葉を言い出したのか。
ここで"シャネラー"の登場なんぞを詳しく分析してみる気はないが(それをやれば、なぜ日本人の購買力によってエルメス、グッチ、ヴィトンが販売力の半分以上を確保できているかという事情を解剖できるだろうが)、日本のお姉さん、おばさんたちがシャネラーになったのは1983年にカール・ラガーフェルドがシャネルの主任デザイナーになってからのこと、それ以前はそんなことはおこりっこなかったはずです。
だいたいいまシャネラーがもてはやしているシャネル・スーツは本来のシャネル・スーツではなくて、1985年の春夏コレクション以降のスタイルなのです。
それにシャネルがプレタポルテ部門を始めたのがやっと1977年なのです。
ココ・シャネルが晩年を逼塞するかのごとく送ったパリのホテル・リッツで亡くなったのが1971年だから、6年後のことだ。
それまではシャネルといえばオートクチュールのメゾンのことでした。
またシャネル・スーツといえばシャネルレングスという、ちょうど膝が隠れる程度の丈と決まっていた「サムディ・ソワール」の創刊者であって、「マリー・クレール」の元編集長です。
だからというのではないが、本書はふつうの評伝よりずっとオシャレに、そこにココがお気にいりの椅子に坐って、こちらを向いて早口に喋っているかのように、とてもスタイリッシュにできています。
ふんだんにココの言葉が引用されているのも、類書には見られない特徴になっている。
周知のようにココの言葉は勝手なもので、直観に富み、しばしば逆説的です。
たとえば、こんなふうに。
いささか順番をぼくがいじってあります。