働く女性のシャネル
1915年、第一次世界大戦のまっただ中に、ガブリエル・シャネルはパリのカンボン通りにメゾンを開きます。
彼女もまた、ポワレ同様コルセットのいらない衣服を提案するが、彼女のつくる服はポワレの服とは少し違った。
ポワレが作ったのは、一日中何もしないで遊んで暮らし、社会的な役割と言えば、男性の存在を引き立てるだけというそれまでの女性のための服でした。
対してシャネルは、とにかく動きやすさとシンプルさにこだわった、働く女性のための服を作りました。
そんな彼女の作ったスタイルとは、ニットでできたスーツ、ヨット用パンツ、ビーチパジャマなどの無駄な装飾を取り払った、極めて実用的なものであった。
一生働く女性であった彼女のドレスには、一貫して自らの人生への姿勢が反映されているように思います。
「シンプルで着心地が良く、むだのないこと。
ことさら、意図したわけでもなく、あたしはこの3つのことを自然に、新しい服装に取り入れていました(ポール・モラン著、秦早穂子訳「獅子座の女シャネル」文化出版局、1976、p61)彼女がドレスを作る際に、一番気をつかったのは動きやすさです。
楽に、何の心配もなく身体を動かしても、みっともなく、だらしなく見えない服づくりにこだわったのです。