シャネルというクリエイター

日本でも女優やセレブの間で親しまれ愛用されているブランド時計 シャネルは、ブランド名にもなっているココ・シャネル(正式名ガブリエル・シャネル)が1883年にこの世に誕生したときから、その歴史は始まっています。
美貌と才能あふれるシャネルは、経済力に富んだ男性たちからの保護によって、1910年に、パリ・カンボン通りに帽子店を開き、フランスの各地へと店舗を広げていきました。
それまでなかった、ジャージ素材を取り入れ、華やかに着飾っていた女性たちを驚かせました。
1921年には、世界的に有名な“シャネルNO.5”を発表し、次々とビジネスとしての成功を築いていきました。
1930年になると、ハリウッドの映画スターのための衣装製作の契約を結び、この頃からシャネルのイメージである、バッグに施されたステッチと、革ヒモに組み込まれたチェーンといったスタイルが確立していきました。
これが現在でも人気の「シャネルバッグ」の誕生です。
1955年には、「20世紀の最も偉大なクリエイター」として、モード・オスカー賞を授与されました。
数々の商品を考案していったココ・シャネルは、1971年に、パリのホテルで、87歳の「シャネル」人生に幕を閉じます。

シャネル成功の秘密

シャネル成功の秘密は、男性の下着や野外用であったジャージーやツイードなどの機能的な素材を女性の服に取り入れる革新的な試みや、スポーティな服にふんだんにゴールドやストーンのアクセサリーを取り入れることによって、着る人の個性を引き出し、より独創的な着こなしを楽しめることを示したことでした。
発想の新鮮さは、新しいもの好きの社交界の女性のみならず、車などのモータリゼーション(移動手段)が発達し始めた時代を背景に、戸外で活動する機会が増えた女性たちの欲求をぴったりとらえていたのです。
黄金時代の後、第二次世界大戦によりブティック閉店を余儀なくされるが、1954年には再び同じ場所(カンボン通り)にブティックをオープン。
コレクションも再開した。
翌年の1955年には「20世紀の最も偉大なクリエーター」としてモード・オスカー賞を授与されている。
また1959年にはニューヨーク近代美術館に「シャネルNo.5」の香水瓶が展示された。
その後かつての黄金期を超える作品は発表されなかったものの、当時社会進出を始めた女性たちや女優などのセレブリティたちは、シャネルの合理的でエレガントな服を愛し、デザイナー、シャネル自身も伝説的な存在となっていました。
1971年1月10日、パリのオテルリッツにてシャネル死去。享年87歳。
その後、1983年にカール・ラガーフェルドがデザイナーに就任、パリ・アヴェニューモンテーニュ42番地にシャネルの2番目となるブティックをオープン。
以後現在に至るまで、オートクチュールとプレタポルテ、化粧品、男性用オードトワレ、ジュエリー、ウォッチに至るまで幅広いアイテムで大きな成功を収めているのは周知のとおりです。

シャネルの時計

シャネルの時計は、2000年に初となるスポーツモデル「J12」を発売、多くの芸能人も愛用しているほど人気の高い商品です。
名前の由来となった、有名なレーシングヨットのようになめらかな流線型の時計で、その色や素材は多種多様なものが発売されています。
その中でも、群を抜いて人気なのが、「J12 クロノグラフ セラミック ホワイト メンズ」で、男らしさと高級感が上手くミックスした、上質の一品です。
全身真っ白なツヤ感のあるセラミックボディで、装着時の存在感は、おしゃれ度もアップ。
素材は、ハイテクセラミック、サファイアガラスで、200mの防水機能付き、クロノグラフ、カレンダー機能、逆回転防止ベゼル等、機能満載の仕様となっています。
シャネル時計のスポーツモデル「J12」には、レディースもあり、インディックスに12粒のダイヤモンドをあしらったものなど、「シャネル」特有の高級感が失われることなく、機能も充実しています。
手元を華やかに演出するために少し大きめサイズに設定しています。

働く女性のシャネル

1915年、第一次世界大戦のまっただ中に、ガブリエル・シャネルはパリのカンボン通りにメゾンを開きます。
彼女もまた、ポワレ同様コルセットのいらない衣服を提案するが、彼女のつくる服はポワレの服とは少し違った。
ポワレが作ったのは、一日中何もしないで遊んで暮らし、社会的な役割と言えば、男性の存在を引き立てるだけというそれまでの女性のための服でした。
対してシャネルは、とにかく動きやすさとシンプルさにこだわった、働く女性のための服を作りました。
そんな彼女の作ったスタイルとは、ニットでできたスーツ、ヨット用パンツ、ビーチパジャマなどの無駄な装飾を取り払った、極めて実用的なものであった。
一生働く女性であった彼女のドレスには、一貫して自らの人生への姿勢が反映されているように思います。
「シンプルで着心地が良く、むだのないこと。
ことさら、意図したわけでもなく、あたしはこの3つのことを自然に、新しい服装に取り入れていました(ポール・モラン著、秦早穂子訳「獅子座の女シャネル」文化出版局、1976、p61)彼女がドレスを作る際に、一番気をつかったのは動きやすさです。
楽に、何の心配もなく身体を動かしても、みっともなく、だらしなく見えない服づくりにこだわったのです。

シャネルの精神

オリジナリティがあるなどと言う表現に惑わされてはいけない。
服装の中でのオリジナリティなるものは、ともすれば、仮装や、ゴタゴタな飾りで終わりがちなのです(モラン、前掲邦訳、p.75-6)このように言う彼女は、黒やベージュの無地の生地をよく使っていた。
また、奇抜で華やかな装飾や色彩以外で彼女が避けたのは、性の強調でした。
すでにポワレは19世紀的な女性の肉体の強調をやめて、腰も胸もただ自然につつみ、いちじるしいデコルテ(低く大きな衿開き)も行っていません。
しかし、シャネルはそれをもっと徹底させました。
彼女は従来の女性に特有の色彩や装飾・素材、シルエットを捨てただけでなく、積極的に男性の服のそれらの要素と精神を女性の服に取り入れました。
すでにテイラードスーツはそう珍しくはなくなっていたが、彼女の取り入れ方は非常に大胆だった。
いくつもの彼女の伝記は、それが彼女の男友達の服装からヒントを得たものであると述べています。
海軍の制服からの濃紺や白の色彩、金ボタン、ゆるやかなパンタロン、さらに、狩猟用のツイード地。